
①アメリカの国家指針が変わる
トランプのマインドは損得勘定で動くことが前提。
トランプは、世界のすべての国々が協力しなければ解決できない地球気候変動の基本条約であるパリ協定やWHO(世界保健機関)から離脱。さらに、イスラエルと一緒になって国連のパレスチナ難民救済機関(UNRWA)、国連と共同で世界の食料・医療支援を行ってきた国際開発局(USAID)等に、出資するばかりで利益が入ってこない機関はすべて閉鎖。
これらは徹底した自己利益主義と言える。
世界第2位の温室効果ガス排出国のアメリカが気候変動問題を無視するのだから、アメリカを非難する国もあれば、アメリカに見習う国もある。
「無理が通れば道理引っ込む」である。
トランプの自国第一主義によって、国際協調主義の後退が顕著になってきている。
世界最大の軍事大国であり、国際基軸通貨(ドル)の自由裁量権を持つアメリカの基本指針が自国利益最優先であるため、世界の国々も保守的かつ利己的にならざるを得ない。”A birds of a feather flock together”(同じ羽の鳥は群れをなす)と言うように、同じ民族が団結し、他民族との融和が廃れ、孤立化、分断化が進み、さらに対立が激化する。富裕層はさらなる富を求め、かつてのように貧困層を助けなくなる…
欧州でも社会の分断が進み、極右政党台頭で民主主義が後退。
戦後のアメリカは民主主義の盟主として、荒廃した国々を救済、支援し、それぞれの国の経済自律に貢献した。日本経済も正にアメリカに「おんぶにだっこ」で自律経済を達成。
戦後80年経った今、アメリカの軍事・経済覇権は衰退し、アメリカの国際影響力が低下。
バイデン政権時のイエレン財務長官は、2024年10月「このままではアメリカの財政は破綻する」と公言しており、アメリカの債務は返済可能性皆無の36兆ドルに達し、国債利払い額が年々増え続け、今や国防費を上回るまでに。
アメリカの命であるドルは、1971年8月15日ニクソン大統領が金とドルの交換制を廃止して以来、中東産油国の安全保障と引き換えに原油取引通貨をドルに指定するペトロダラーと国際基軸制によって支えられてきた。
通貨の価値も物価も需給で決まる💡
ドルがどれだけ国際取引に使われているかは、世界各国中央銀行の外貨準備の保有率を見ればわかる通り、2000年の各国中央銀行におけるドル保有率は80%であったが、今は50%を割ろうとしている。国際取引でドルが使われなくなることは、ドル基軸制消滅であり、ドル崩壊を意味し、アメリカの命が危険に晒されているということ。
世界の主要新興国5か国からなる BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)、中国主導の上海協力機構(ロシア、中国、インド、パキスタン、イラン、サウジ等、ユーラシアから中東に至る10ヵ国以上)や、125ヵ国からなるグローバルサウスは、 De-dollarization(国際取引通貨からドルを排除する)を進めている。反米、非米諸国のみならず、自由陣営からもドル使用を避ける動きが出ている。
こうした「ドル離れ現象」の理由は、アメリカが国際取引に使われる基軸通貨(ドル)の自由裁量権を自国の利益ののために乱用しているからであり、トランプのアメリカファーストでドル離れは一層拡大することになる。
トランプは「ドルを取引から避けようとする国には100%の制裁関税をかける」と公言。アメリカの国際基軸通貨特権乱用による被害国に対して、アメリカの利益になるドル基軸制に従わないと処罰するぞ!という脅し。
なぜトランプはここまで不当で不正な犯罪的行動を執るのか?
食べるものが無くて死にかかっている者が、少女が持っているおにぎりを懇願したがもらえなかったので、少女を殺しておにぎりを奪っても殺人罪に問われない。また、自分を殺そうとしている者を先に殺しても殺人罪にはならず、正当防衛となる。
アメリカの命であるドルは崩壊寸前。
アメリカを救い、アメリカを再び偉大にし、且つアメリカの黄金時代を築くにはアメリカに輸出している事業の生産拠点をアメリカに移し、世界の投資マネーをアメリカに一極集中させなくてはならない。トランプにしてみれば、世界に対する「take and take」はドルと財政を守るための正当防衛なのである。
アメリカの挑戦に対して、他国が自国の利益(生命)を守るためにアメリカに対抗し、報復することもまた正当である。
互いに些細なことをきっかけに衝突し、地域戦争が起き、やがて国際戦争になる。人々のマインドはそれぞれの国の自国利益最優先の指針と共に、排他的・利己的・戦闘的になり、世界は国際協調・グローバル主義・リベラル主義から自国ファーストの民族主義・保守主義へと向かう。
トランプが世界の指針と人々のマインドを変えようとしているのではなく、トランプは世界の流れに従っているだけで、それを派手に表現しているに過ぎない。